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新陳代謝の正常化

社会人になって半年が過ぎた。恋人と別れた。違う人を好きになった。その人は私の新しい恋人となった。


付き合ってしばらくしてから、「苦しんでるみたいだったから、助けてあげたかった」と恋人に言われた。私は前の恋人と付き合いながら苦しんでいた。らしい。遠距離恋愛、休日の外デート、恋人好みの外見づくり、共通の話題探し、など。いつも何かを我慢していた。「こんなに我慢してるんだから愛される権利があるはず」とかいうこじれた自己愛を抱えていた。


今の恋人は嗅覚が鋭い。ごみ箱で腐臭を放つ私の自己愛を、すぐに嗅ぎつけた。そして恋人となった今は私の傷口に水を流し続けている。恋人が浴びせてくれる水は言葉だったり、行動だったり、態度だったりする。そのすべての水はもちろん愛でできている。


傷口から膿が流れていくように、新しい細胞が生まれてくるように、私の自己愛は少しずつ快方に向かっている。体には水が必要なように、心には愛が必要だ。私はどちらも自分では生成できなくて、外部から摂取している。


「自分のことを好きになれない人が、他人のことを好きになれるわけがない」という言葉、定期的にTLに流れてくる。私はこの文をいつも、自分が最下位のときの星座占いくらいに扱っている。当てはまるような気がして一瞬ギクリとするけど、5分後には忘れてる。最近はギクリともしなくなった。私は自分のことが好きじゃなかったけど、恋人に好き好き言われすぎて「好きな人が好きなものを自分も好きになる」を今体験している。

自分のことを好きになれなくたって、恋愛しても、呼吸をしても、良いんだよ。